高尚ぶる、

小説も書いてるから読んでね ピース

しろくてふわふわしたもの。それは

 

 

 

大学1年のころ、サークルの打ち上げでつくった鍋に浮かんでいるのをはじめて食べて。

いたく感動したのを覚えている。はんぺん。食べたことありますか、はんぺんを。

実家はおでんやるときも鍋やるときも練り物を入れなかったから、なんだか未知との遭遇みたいな気持ちになって、やけにはしゃいだのを覚えている。

 


「鍋はひとりで食べるものだと思ってたの」「え、なんで」「実家ずっとひとり鍋だったし。」「え、みんなで鍋突かないの」「うん」。

いつの会話だろう。実家はいつもみんなひとりひとりの鍋を自分の自由にしていて、まあ なんというか。楽だった。

「え、だって鍋だよ」「喧嘩になるから」「それ喧嘩っていうのかな」「だからいっしょに鍋たべるって、すごいことだと思うよ」「かわいそうに」。

ひとり鍋、みんなで食べる鍋、きみと食べた鍋。たぶん、ぜんぶ美味しかったよ(実家で食べた鍋の味は、あんまり思い出せないけれど)。

きみが家族と鍋をわらいながら食べるとき、わたしは食卓からはやく離れたくて鍋を必死に冷ましていたのかもしれないし。冷ごはんでおじやを作っていたのかもしれないね。あと、鍋の中身はひとによそってもらうのが好きかな。鍋も、大皿の料理も。じぶんで掬うのは、まだちょっとこわい。

夏に鍋のはなしをすると暑苦しくなるだろうか。クーラーの効いた部屋でこの文章が読まれていることを願うばかりですが。

ねえ、今度いっしょに鍋たべようか。はんぺんもいれようか。

 

「うち」という言葉の「うち」が。

いつの間にか実家から、このひとり暮らしの部屋に変わる。そう、そうなの。これを求めていたんだよ。と、思う。嫌いなひとはここに入れなくていいの。好きな人は来てもらったっていいんだよ。ともだち呼んでもいいし、ひとりきりで引き篭もってもいい。

なにしたって良いわけじゃないけど、「ここはきみの本現場です いちばん汚いとこみせてね」と大森靖子がうたう。ここがわたしの本現場で、きみの本現場でもあってほしいと、いまでもおもうこと。

鮫の抱きまくらを下敷きにして椅子とかみつめてる。

あのころのわたしが死んでも手に入らないような気がしていた部屋のこと。

わかってくれる、わかってくれる。

 

 

 

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